ノーベル物理学賞の受賞者が発表されましたね。

今年のノーベル物理学は日本人3名が受賞しました。

専門分野で重要な発見を行った人に与えられるという
ノーベル賞を日本人3名が受賞したという功績は
素晴らしいと思います。

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ノーベル賞とは、ダイナマイトを発明したことで知られる
スウェーデンの科学者であり、
発明家であり実業家であった
ダイナマイト王とも呼ばれた
アルフレッド・ベルンハルド・ノーベル氏の遺言で
設立されたという賞のことで、
物理学賞、化学賞、生理学・医学賞、文学賞、平和賞の
6つの部門に分けられており、
その部門で重要な発見や功績を残した人に与えられる賞です。

ノーベル賞の設立者である、
アルフレッド・ベルンハルド・ノーベル氏は
ダイナマイトなどに使用される爆薬を開発し
生産したことで巨万の富を得ることができました。

ノーベル氏は63歳でこの世を去りましたが、
巨万の富が残されました。

この富を元にノーベル財団を設立し、
現在に至ります。

今回、日本人3名が6つの部門の一つである、
ノーベル物理学賞を受賞しました。

今回は3人のひとりである
中村修二さんについて調べてみましょう。

中村修二

1954年5月22生まれ 現在60歳
生まれは日本の愛媛県宇和島ですが、
アメリカ国籍をもつ技術者であり、電子工学者
カリフォルニア大学サンタバーバラ校の教授であり、
愛媛大学客員教授。

ウィキペディアより

出身の愛媛県宇和島市は四国のひとつの県で、
愛媛県は四国の南西部に位置し、
宇和島市は愛媛県の南部に位置する市です。

愛媛県のイメージはみかんですが、宇和島は闘牛です。
闘牛とはその言葉の通り、牛と牛を戦わせる競技のこと。
闘牛の始まりはいろいろ諸説があるようですが、
鎌倉時代に強い牛を作るために、
農民が牛同士を戦わせたという説と、
漁民がオランダ船を助けたお礼として
2頭の牛が贈られ、その2頭がたまたま戦ったことから
始まったという2つの説があるそうです。

現在は1トン級の牛が戦っているところを見ることができます。
自分が飼っている牛を戦わせることもできるようです。

老若男女が楽しめる闘牛は、
県内外から闘牛が戦っているところを観戦しに
訪れる方もいるようなので、
闘牛に慣れ親しんだであろう中村氏の強いマインドは
ここからきているのかもしれません。

また、宇和島市は海にも面しており、
リアス式海岸が広がっていることから、
漁港の数は全国有数です。

のんびりと釣り糸をたれて考え事ができそうな
環境だからこそ、ひとつのことを追求する頭脳を
得るのにぴったりな環境だったと想像します。

そして、おいしい魚も満喫できそうですね。

そんな愛媛県宇和島市出身の中村修二さんが今回、
ノーベル物理学賞を受賞することがきまったのは、
青色発光ダイオードを実用化できるようにしたためです。

発光ダイオードとは

順方向に電圧を加えた際に発光する半導体素子のこと

ウィキペディアより

赤色発光ダイオードは1962年に発明されました。

当初は赤色のみだった発光ダイオードですが、
今回ノーベル賞を受賞した3名が
青色発光ダイオードを開発し、
実用化へ導きました。

赤色は開発、実用化されていましたが、
実用できる明るさの青色はその時点では
開発されていません。

実質青色の光を発する発光ダイオードの
青色発光ダイオードの開発に成功したのは
2004年と言われています。

そしてその成果が認められ、
今回のノーベル賞受賞につながりました。

すでに実用化に成功している
赤、黄緑に加えて青と光の三原色と呼ばれる
3色がそろったことになります。

青色発光ダイオードを開発、実用化したことで、
様々な利用が広がります。

パソコンなどのディスプレイはもちろん、
蛍光灯や信号機などにも利用されています。

携帯電話のディスプレイにも使われるのは嬉しいのですが、
あまりに明るすぎると目がくらくらしちゃうのも
問題ありかもと思うのは私だけでしょうか。

また、育毛などの効果も期待できることから
その利用の幅は広がりそうですね。

照明などで使用される電力は
全電力消費量の20~30%と言われていました。

青色発光ダイオードは白色の光をつくることができるため、
消費される電力も抑える事ができます。

省エネにますます期待がもてそうですね。

ノーベル賞を受賞した中村修二さんは、
現在はアメリカ国籍を取得しています。

日本人なのに、アメリカ国籍?

真相は定かではありませんが、
青色ダイオードの発明対価を
日本の司法が認めなかったため、
失望し、アメリカに渡ったのだとも言われています。

2005年に青色ダイオードの発明対価について
当時所属していた企業を相手取り、
裁判を起こしています。

アメリカに渡ったのは事実ですし、
日本の司法にも失望したと裁判を行った当初は
本人の口から出ているようですが、
今回のノーベル賞を取得した際の
インタビューのコメントには
「日本人として嬉しい」と答えているため、
日本自体が嫌になったのではないのかなと
思えます。

まとめ

20世紀中には開発は不可能だろうと言われた
青色発光ダイオードが開発され
実用化されたことはとても大きな功績といえます。

様々な用途があり、
これからどんどん私たちの身の回りに
青色発光ダイオードが関係する商品が見られるようになりますね。

個人的には、大きな開発には大きな犠牲が必要だったりするのかな?
と思える場合もあります。

もっと、開発、研究がしやすい環境をつくることは
とても重要であり、
大きな課題なのかなと思えます。